彼女の中で多くなった1人の時間
今まで広かった活動範囲が殆ど家の中だけ
外出はスーパーと2ヶ月に1度くらいの旅行だけになって
、今までは年に2回でもお互いが楽しく待ち望んだ旅行
それが、父には疲れた体を休めるための休日返上の負担のかかるものとなった。
どんどん食い違っていくお互いをもう戻すことは出来なくなっていたのかも知れない。
room-7
ちちのごさん
父は先の見える人、新聞は何社か
テレビのニュースはもとよりいろんなものを読み漁る人でした。まあ多分偏りはあったと思いますが社会情勢と、経済状況は仕事の関係もあって
詳しかったと思います。
でもあの時代の人にとって、今のPC時代は範囲を超えてることで、予想の域外だと思います。

彼は色んなことを自分の判断のもと
予想実行してきました。
だいたいそれが大きく外れることはなかったのですが
彼の中に全くまったく予期しない事態が起こった。
これが彼の人生を大きく変えることになった。
それは「妻の死」彼の中にこれが、こんなに早く、しかも
自分のものより早くくるという予想はまったくなかったと思いま
す。
それは母にとっても、もしかしたら同じだったかもしれない
趣味というものを持つ必要がなかった今までの生活が
退職をきっかけに彼女のライフスタイルを大きく変えた。
家庭にいるということが、今までの少なかった父との二人の時間が
増えるということになるはず、
共有できるゆとりの楽しい時間になると思っていたのに
父が仕事している時間の長さを、強調するだけとなって
彼女には今までにない退屈な日々に変わっってしまった。
薦められて始めた趣味もなんとなく楽しくなくて
仕事とかけ離れたものに打ち込むより
多分彼女は父との時間に見出すものが一番だったんだと思います。

今まで仕事以外の時間100%母に注がれていた父の関心、時間も
24時間は無理です。フル営業はできないよ〜!
でもでも・・それは頭でわかっても、なかなか感情と現状では受け付けられないジレンマな自分がいたのではないかなあ?って思います。
仕事にまい進した人の・・一番のウィークポイントではないかなあ?!っていつも思うんです。   一生懸命って、なんなんでしょう?!
その副作用がストレスではないですか?!
ごさん
しかし父は何でも新しい方向に変えれる人です。でもそれはやっぱりそこに母がいてこそだったと思います。そのことは父が一番実感してることだし
それ以後、彼は”予想”することから”守り”の姿勢にはいりました。
いろんなこと言いながら、母に守られていた父がいたのかもしれません。大きな舵は父が取っていたんだけど、それを護っていたのは母だったんですね。
病気になったのも、母の誤算かもしれません。
そのときも彼女は父だけを見つめていた気がします。
それは感謝だったのでしょうか、優しい穏やかな表情でした。

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