Room-8
わたしは、あるとき急に不思議に思って尋ねてみたんです。
彼のことを何故「ぜったいにい」って呼ぶか?

はじめ名前かって思ってたんでしょうか!
何の不思議もなかったんですが・・そんな名前ってないですよね(笑)
(このころから私は直ぐnanaka用語作ってしまう癖があったようです。)

そしたら「ぜったいに」はかれの口癖だったらしいです。
それが私の中でかれの印象と代名詞になったんでしょうか!
よく解りませんが・・私がつけたようです。


私の家には、おじちゃん二人がいた。
私が生まれたときにはすでに 一緒に住んでいたので
ごく自然に、家族だった。

私たちの家は平屋で、5部屋、バストイレ、そんな広い家ではなかったけど、
縁側もあったし 庭はとても広かった。自然のまま保たれたお庭だった。

田舎ではごく普通に、井戸もあった。
鳥小屋もあった。犬も猫もいた。今では考えられないくらい自然だった。
庭にはとりどりの木々と 季節の草花。すずめもからすも。
ありもばったも、こおろぎも、鈴虫もいたかもしれない。
夕方にはお寺の鐘も聞こえた。電車の音も今と違ってたかもしれない。
ぜったいにい・・は、26歳まで私と家にいたみたいです。
後になって、本人から聞きました。それまで、彼はうちの居候していたみたいです
私にとっては、父のような、兄のようなそんな存在だったのかもしれません。

6歳までの記憶は殆どと言っていいほど、あとから聞いたものと
写真の中でしかないのです。でもただ、共働きだった両親より
多分私の中に占める位置は随分大きなものだったと思います。

それは、数年前彼の口から当時の様子をほんとに初めて聞きました。
かれにとって、私がどれだけかけがいのないものだったか!
私との毎日が・・多分かれの50%以上だったと思います。

それは私の性格の殆どが彼のそれととても似ているのです。
そして、両親とは何故か微妙に違っていてそれがとても自分で不思議だったのですが
このときパズルを解くように、納得できたのです。

6才!・・と26才!これは二人にとって分かれであり
新しい生活の始まりだったのでしょうね。
二人のおじちゃんは対照的だった。
本当に正反対だった。本当は知らないけれど幼い私にはそう見えた。

何才違いだったかは知らない。
私はおじちゃんの一人を「おおきいにい」
もうひとりを「ぜったいにい」と呼んでいた。
気付いたときにはそう呼んでいた。

大きいにい・は仕事に行って(当然だけど)家にいることは
殆どなくて(私の起きているとき)多分日曜だけだったのでしょう。
真面目な人で、口下手、多分不器用な人だったと思う。

でもとても優しい人でした。怒った顔覚えてません。
お小遣いもらった気がします。話したような記憶も残っています。
でも私の中ではとても、大人の人でした。

いつだったか引越していなくなった。
それは結婚して出て行ったのか、部屋を借りてでていったのか
私にはよく解りませんでした。でも気が付いたときには
もう、家にはいませんでした。25,6歳だったのでしょうね。
私は小学校に、ぜったいにいは、どこに言ったのでしょう?!
多分私が学校にいってる間に彼はどこかに引越してしまったのでしょう

もっとちゃんと聞いておけばよかった、って思います。
いまは・・もうきけないんですもの。

やっと!会えて、話せて!少しずつ昔の思い出の懐かしさ
に触れて・・ちょっと甘えられて、
今までわからなかったことを、今の立場で理解できることに
ちょっと微笑みかけたのに!

片意地張って、精一杯いきてきた「ぜったいにい」の
肩をゆっくり、たたいてあげたかったのに、
彼はまた 私の世界からいなくなってしまった。
あの時と同じようにお互いの意思とはかけ離れた現実のために